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光を当てて

火曜から、父ちゃん(赤ちゃんの父親)が、
東京に借りてる部屋にやってきて、
私達もそちらへ。

明日帰るから、私達も自宅に帰る。

子供達を連れて銭湯へ行ったので、
一息ついているところ。

正直なところ毎回、精神的に疲れるのよね。
カウンセリング、だと思う。

彼は心のふかいところに怒りや怖れがあって。
(怒りや不安も、すべて怖れから生まれてるもの)
会話がね、精神的な部分に入ってくると、いつの間にか、相手とのキャッチボールや共鳴ではなくて、
相手を負かしたり自分の正当性を立たせようとする目的に代わってしまう。
また、だからこそ、自分の問題を、人の問題にすりかえて、
「やってやってる」という論理にもってくる。


「また、このパターン?」
私は彼の目を見ながらいった。

彼はプルプルしながら、しばらく考えて、ごめんと言った。

何度も何度も、彼との会話はそうやって破綻してきた。
私も何度も泣いて、今は彼のそういうところを冷静に見て指摘するようになったけど、

あまりに辛かったり、ふざけんじゃねえという感情が勝って、嫌悪感が先立ち、
また彼も、まだ自分のそういうところを自覚してなかったので、
私に対してふざけんじゃねえと思っており、
お互いに理解がなかった。

彼のそういうところこそが、私が、彼の住んでいたところに一度は転がり込んだものの、
飛び出して帰らないことを決めた訳だった

自分と、こども達とでいっぱいなのに、
そんな闇の深い人と共に暮らしてやっていくことは、私にできることではない…キャパシティオーバー。それに尽きた。

私は大した人間ではないけど、彼の悪いところの本質を、そうやって指摘したのは、私しかいなかったらしい…
いやいたのかもしれないけど、響かなかったのだろう。
彼のこどもを身籠っていながら、やっと彼の長年望んでいた「家族」というものがはじまりかけていながら、私がみんな連れて出ていったという、青天の霹靂のようなことがあってからこそ、彼も本当に自分の中を見つめはじめたのだろう。彼もそんな感じに言っていた。


毎回、彼がくるとなると、支度も大変だし、
いろいろと構えてしまう。
あ、今回は穏やかだったな、ということのほうが少ない。
毎回、疲れる。
でも、疲れることに対して、あまり嫌な気持ちがないのは、
私自身が、いくらか身の丈を受け入れて、いくらかあわせ鏡を理解して、
いくらかのエゴを超えて、
いまここにあること、いまここで起きていることを、受け入れられてるということなんだと、
ポジティブに理解しているというか…。

大我、謙虚、という言葉が浮かぶ。
それを、大切にしていたいと、心から思う。

役目だとか、成長だとか、
そんな一方に向かっていくだけのことを、願いはしない。
誰かが仕組んだものさしの上を歩くのは、違うと思うんだ。


子供たちを守るためなら鬼にもなるけど、
軽やかに生きていきたいな。

激しいところと、さわやかなところ、両方持った人間です。
でもすごくバカです。

ごめんなさい
ありがとう
ゆるしてください
あいしてます

ホ・オポノポノ