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Love is not to say sorry


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ついつい怒ってしまうのは、お片付け。
娘は言えばやるけど、整理はまったくせず入れるだけ。
息子は、ぼくいまおみずのんでるだのなんだの言ってなかなかやろうとしないし 
はじめてもダラダラ、いつも怒鳴られながらじゃないと進まない。
けっこーーおもちゃ多いから、狭い家で散らかすと足の踏み場がほんとなくなる。
踏むと痛いし。
なので、めっちゃ散らかってるのが気になって、息子が抵抗をすると、大爆発!ってパターン
鬼のような顔をして、片付けろ!!ホラ!!これ‼これも!!いっっぱい出てるだろ!!ちゃんと!!!
とはじまってまう。
娘にも、ここにぐちゃぐちゃに突っ込んで、これ片付けたっていうの!?違うでしょうよ!!と。
まさに鬼の面相です
はずかしい

私がそもそも片付けって苦手で。。。
一人暮らしはじめるまで汚部屋住人だった。

ひとつ出して、次ので遊ぶときは片付ける、って注意しながら生活したら、
習慣づく?いや、できる気がしない!!
まじで一気に散らかすから!!

怒りたくないと思いつつ、
毎日叱ることはあります、、、
だから叱っても怒っても、
それ以上に愛をもってやれるといいんだけど、、、
今日は、疲れもあってか、
叱ってお片付けさせたあと、絵本でも読んであげればと思ったのだけど、
気分がくさくさしてて、そのまま不機嫌で寝させちゃった。
あーあ、、、
こどもに、ごめんねっていうの大事だよね。。。
今日は言えなかったけど、ちゃんと言います。ごめんね。

ホオポノポノの
ありがとう
ごめんなさい
許してください
愛してます

はもちろん大切で

それと同時に
Love is not to say sorry
という言葉が、いろんな場面で、頭をよぎります。

なんでこの言葉を覚えているのかわからないのだけど、ずっと覚えていて。
意識にまた頻繁にくるようになったのは、離婚あたりからかな。

これは、なんかの映画らしいのだけど、
ごめん、と悔いて謝る相手に、返す言葉なんだよね
かなりキツいことばだよね

父親から離して、違う生活になって…
こどもを振り回してるという罪悪感があった。
でも、ごめん…ごめん…とクヨクヨしないで、
やるべきことをして、ありったけの愛で、
こどもたちを育てるんだ!って思いが、
この言葉を思い出させた。
愛は、まったなし。私しか、守れない。
ごめんとか後悔とか、してる暇ないよ、って自分への警句として働いてたみたい。

はたまた、その後のパートナーが、理不尽にわたしに怒ったときも、
Love is not to say sorryなのに、こんなこと付き合ってらんないよ。。。なにしてんのよこの人。。。と
頭の中で思ったりしてましたな。

人生、長いようで短い。
愛すべきひとを愛せなかった後悔なんて、いちばん辛い後悔だろうから、
愛することができる時間を大切にするため、
いまもこの言葉が、効いています…。

ほんとうに愛しているから、ごめんと言う

ほんとうに愛していたら、ごめんなんて言うことにならない

色んな、愛の姿。



きょうも友達のお熱の子を預かって良い経験ができました。
ひとの助けになることができました。
こどもたちに野菜を食べさせることができました。
お風呂にはいって清潔になることができました。
夜でもすこしの電気をつけてほどよく明るく、
心地よく眠ることができます。
わたしは恵まれています。

ありがとうございます。   
ありがとーございます。



、、、、、、。